Loading

Council for Sports Ecosystem Promorion

第1回:
小谷 実可子 氏 OLY /アーティスティックスイマー

2024年8⽉13⽇対談企画 / インタビュー

すべてのステークホルダーと共にスポーツ産業を起点とするエコシステムの形成・発展を目指す稲垣弘則代表理事が、進化し続けている世界のスポーツビジネスの最新動向や海外市場、スポーツを取り巻く現状と課題、未来について、スポーツ界を牽引するリーダーの方々にインタビューをする対談企画

まずは、協議会の評議員の皆さんからお話を伺っていきます。初回は、スポーツエコシステム推進協議会の評議員であり、アーティスティックスイミング選手でありながら公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)の常務理事も務める小谷実可子さんにお話をお伺いしました。

ーインタビューにご協力くださり、ありがとうございます。現在、小谷さんはJOCの常務理事をされており、他にも様々なご役職に就任されておられますが、どのような活動をなさっているのでしょうか。また、スポーツエコシステム推進協議会に評議員として参画していただけた経緯を教えてください。

小谷 実可子 氏(以下、小谷)

最近までアジアオリンピック評議会(OCA)のアスリート委員長を20代から合わせて13年間務めさせて頂いていました。JOCの常務理事としてはオリンピックムーブメントの推進を。特定非営利活動法人日本オリンピアンズ協会(OAJ)の会長としてはオリンピアン同士のネットワーク作りを進めていくとともに、オリンピアンひとり一人の価値を高めていくような仕事をしています。それ以外には30年以上に渡り、子供たちや婦人クラスなどアーティスティックスイミングの普及や指導を行っています。
アスリートの環境整備も重要だと思いますが、こういった大会運営の現場を支えているのは普通のサラリーマンとしてお勤めになっている方々、乳飲み子を抱えながら時間を割いて競技愛からご協力いただける方々です。仕事が終わった夜8時になってからミーティングを行うなど大会を支えてくださっている方々は夜遅くまで準備し、高くても日当¥3,000程度の費用をもらって大会を運営しています。大会会場が遠い場合はボランティアでも自費でホテルをとってまで手伝ってくれる人もいます。スポーツが好き、競技愛から頑張ってくれている方々が日本のほとんどのスポーツを支えてくれているのが現状です。オリンピック競技になっているような競技ではどんどんアスリートを強化、報奨金を出すように環境改善が行われていますが、競技・大会を支えてくださる方々の環境がもっと良くならないかと日々悩んでいます。

アスリートの権利保護や経済を循環させるスポーツエコシステムを進めることで、スポーツを支えてくださる方々の環境改善に繋がっていってほしいと思い、そしてそうなるように願いを込めて、スポーツエコシステム推進協議会の評議員への就任をお受けすることにしました。

ー小谷さんは現在、世界マスターズ水泳選手権に参加するアスリートでもあります。現役の世界に戻られたわけですが、お戻りになったときの経緯やその時の競技を支える方々の姿はどういったものだったでしょうか?

小谷

2021年に地元日本の鹿児島で世界マスターズ水泳選手権が開催されることになったんです。皆で盛り上げるために出場しようということになって練習をはじめたのがきっかけです。
ただ、オリンピックと同様にコロナの影響で延期になりました。そうした時に室伏広治さんがスポーツ庁長官に任命され、私自身も東京オリンピックのスポーツディレクターに任命していただく機会に巡り合いました。スポーツディレクターは、コロナ禍での東京オリンピックで、安全に円滑に競技を運営することに責任を負う立場でした。コロナ禍での開催についてはどこにも正解が無い中でしたので、毎日必死でした。お医者様にご意見をいただいたり、開催している大会を見学して意見交換するなど、日々学びながら東京オリンピックの開催方法をIOCと組織委員会とで模索していきました。一方で、世論は「オリンピック開催反対」の意見もあり、オフィスから出るときにはオリンピックロゴの入ったユニフォームを脱いで帰る必要がある状態でした。もしこのまま無事にオリンピック開催までたどり着いて、パラリンピックまで終わったらきっと燃え尽き症候群のような状態になってしまうだろうと思い、なにか目標を持つことが必要だと考え、世界マスターズ水泳選手権に参戦することにしたんです。
自分自身を前向きにするための参加だと思って、楽しく参加しようと思ったんですが、恩師に「覚悟を持って絶対金メダルを獲りなさい」と一喝されました。
そこから「楽しむだけのマスターズ」ではなく「真剣に挑むマスターズ」になりました。そうなった時に周りの方々が動き出してくれて、さまざまな人から応援をしてもらいました。「実可子がこの歳になって頑張ってるんだ!応援しているよ!」など声援をもらうことで、応援の声は本当にアスリートに力を与えてくれるんだと肌で感じられました。その感覚が忘れられず、もう3大会目になります(笑)
競技や大会は、支えてくれる方々がいることで実施ができています。いい演技を見せると関係者の皆さんが「感動した!素晴らしかった!」と声をかけてくれる。それを受けることがいまでは私の人生のエネルギーの源になっています。

ー素晴らしい経験をなさっていますね。話は少し戻りますが、実際に競技を運営する皆さんへの資金が足りないと思ったきっかけを教えてください。

小谷

マスターズ・エリートに関わらず、競技運営の人はボランティア(当日の日当以外)で研鑽を積んでいます。例えば、アーティスティックスイミングの世界ではどんどんルールが変更されますが、競技運営側もそれらを常に勉強しにいかなくてはいけません。さらに学んだことを選手に伝えるなど競技を支える多くの方々が何百時間も費やしてくださっています。このように支えてくださっている方々のおかげで幸せな選手生活をおくることができて、選手、競技運営、応援してくださる方々の間で「ありがとう」が溢れる大会になるのですが、競技を支えてくださる方々に手当される資金というのはほとんどないんです。

ー日本の文部科学省の予算は5兆円程度あるものの、スポーツ庁の予算はそのうち350億円程度しかありません。その一方で、世界のスポーツベッティング市場で日本のスポーツを対象に5兆円ものお金が動いているのにも関わらず、その賭け金がほとんど日本のスポーツに還元されていないと言われています。また、日本居住者が違法スポーツ賭博事業者のサービスを利用することで形成される違法市場も甚大な規模にのぼると言われています。この点について小谷さんはどのようにお考えでしょうか。

小谷

文部科学省とスポーツ庁の予算の違いの話がありましたが、もし多くの資金が確保できても、今のままでは、全て選手に使われることになると思います。資金確保だけが問題ではなく、競技運営を支える方々がいてくださることで成り立っていることをもっと認識していただく必要があり、意識改革と相互理解が進むことが一番必要だと思います。
また、日本においてはコロナ禍でスポーツは不要不急なものに分類されてしまいました。しかし、ヨーロッパではこういうときだからこそスポーツは必要なものと言われ、外出するための理由として認められていました。アスリートに限らず運動目的の外出は認められておりましたので、公園に出かけて運動することは積極的に行われていました。日本ではスポーツが不要不急であるとなってしまったことが無念でしたが、こういった認識を変えていくことが必要だと思います。

世界のスポーツベッティング市場で日本のスポーツに対してそれだけ大きなお金が動いていることを知ったときは、アスリートが違法な賭博や八百長に巻き込まれるのではないかと、驚くとともにショックでした。八百長に関して、過去のアジア大会の時の例として紹介されていたのは、最初はカフェで話しかけられて、友達のような関係になり、コーヒー一杯からはじまって、徐々にお金を貰うようになって、この関係性を止めようとすると金銭などを受け取っていた事実があることから「八百長をバラすぞ」と、脅されるという話を聞きました。アスリートらがこういった事例を知らなかったことで巻き込まれ、競技から去るような事態にならないでほしいと思います。近年はIOCからもアジア圏においては八百長に関する事例が多いという指摘があり、八百長や被害防止に関するインテグリティ教育、プレゼンテーションを行うべきであると提言されています。2022年の杭州アジア大会では八百長に関与している関係者を通報するシステムも作っていたと聞いています。選手にしっかりとインテグリティ教育していくことが非常に重要なことだと認識しています。もちろん、日本でも違法市場が蔓延しているのであるならば、インテグリティ教育の実施と誹謗中傷などからアスリートを守るシステムが必要だと思います。

ちなみに、去年の世界水泳選手権ではスポーツベッティングが公式に認められていたと思います。これに関して、世界がそのように動いているので日本がスポーツベッティングを合法化するしないということではなく、私自身も出ていたような公式の国際大会でスポーツベッティングがはじまっていく現状を日本のアスリートたちに知ってもらい、スポーツのインテグリティを守っていく必要があるということを伝えたいのです。

ー現在、IOCも、世界中で急速にスポーツベッティング市場が拡大する現状を踏まえ、IFや各国の統括団体と連携しながら、八百長や腐敗を防止するためのルール作りを進めていると聞いています。今回のオリンピックは、合法国のフランスで行われることで、はじめて正式にスポーツベッティングの対象となると言われていますね。個人的には、IOCが作ってきたインテグリティのシステムがどのように機能するのか注目しています。

小谷

パリオリンピックではいろいろな新しい取り組みが行われます。先々を見据えて、より若者をスポーツに呼び込む為にオリンピックeスポーツウィークの実施も決まりました。さらには男女比を同じにするジェンダーの取り組み、サスティナブルな取組みも今後の大会開催に必須とされています。将来的には種目によって開催場所を変えるなどの話も出ているようです。その中にスポーツベッティングの話もありました。フランスは合法国ですから、「スポーツベッティングがいよいよ正式にオリンピックでも実施されるのか!」と思った一方で、その収益がオリンピックサイドに入っていくのか、どのようなことに使われていくのか、注目しています。どうせなら、レガシーを残す取り組みや社会のために還元してもらいたいですね。

ー最後に、小谷さんがパリオリンピックで特に注目されていることは何でしょうか。

小谷

馬術をベルサイユ宮殿で実施、選手がセーヌ川を渡って開会式、凱旋門の前でブレイキングを開催、毎日エッフェル塔の前でのメダリストセレブレーションなどうらやましいくらい華やかなオリンピックになっていますね。コロナ禍、無観客で実施した東京オリンピックと比較して、久しぶりに一体感のあるオリンピックが帰ってくると思います。一方で水質汚染の問題など、選手が安全にパフォーマンスを発揮できる環境の提供を考える必要があり、パリオリンピックでも臨機応変な処置が必要になりそうだと聞いています。パリオリンピックを運営する方々が多くの問題に対処される中で、東京オリンピックの運営の素晴らしさが再認識される機会になっていることは間違いないです。東京オリンピックを経験した前回大会のスポーツディレクターとしては、パリオリンピック運営の皆さんに頑張って欲しいと心から願っています。また、参加するアスリートの皆さんにも、自分の限界を超えていくシーンをひとつでも多く、日本の皆さんに届けていただきたいと思っています。

ースポーツエコシステム推進協議会は多くの企業に参画いただいている団体ですが、アスリートやアスリートを支える方々、スポーツ団体を中心に据えて、これらの方々に資金が循環するエコシステム作りをこれからも目指していきたいと強く思いました。今日は貴重なお話をお伺いできました。ありがとうございました。